医療用ゲームの話

あいさつ

先日学部の成績開示で無事一通り合格をいただき、何とか年を越せそうで安心しているヤタガラスです。

学部の授業日程の都合で、不合格の場合は12/28とかに追試受けることになるんですよね。
年末に帰省を予定する一人暮らしの学生たちには少し意地悪な日程です。
まぁ、単位落としても追試で拾ってもらえるだけ優しい方ですが...。

 

さてさて、本会初となるアドベントカレンダー企画も残すところあと4本。いよいよ大詰めですね。
そんなわけで、この一か月の成果をまじまじと眺めていたのですが...

考えてみると、私好き勝手にゲームの宣伝してばっかりだな~と思ったわけです。

まぁ、そもそもこの企画自体好き勝手にゲームの話をする趣旨で開催されていますが、企画の終わりが見えてきたところで、東大生らしく学術論文をベースにした色物記事を一つぐらい差し込んでもいいと思うのです。

 

ということで、昨日の医療系ゲームの流れを引き継ぎまして、今回は”医療用”ゲーム『EndeavorRx』のお話です。

 

 

EndeavorRxとは?

EndeavorRx』は、デジタル治療用アプリケーションを開発するアメリカのベンチャー企業、Akili Interactive Labsにより設計されたデジタルゲームです。

 

ゲームシステムとしては比較的シンプルで、スマートフォンやタブレット端末を利用する典型的なステージ制のランニングアクションです。プレイヤーは、キャラクターを乗せた小型のホバー機を端末を傾けて左右に操作し、バリアをかわしたり、ゲートを通過したりと様々な課題をクリアしながら蛇行する道を進んでいきます。

ステージをクリアするごとにより難易度の高いステージが解放されるほか、ゲーム内通貨を獲得してキャラクターのコスチュームや新規キャラクターを解放するなど、総じてかなりゲームらしいゲームといえるかと思います。

 

ストーリーはSFもので、プレイヤーは宇宙を超えて活躍する軍人見習いとして、様々な世界を巡ります。
訪れる世界は文明的な環境だったり、マグマが噴き出る灼熱地帯だったり、あるいは単なる宇宙空間のような場所だったりと様々ですが、多くの場合は崩壊寸前の危険な状態であり、そこでプレイヤーは与えられた仕事をこなしていきます。

ゲームプレイに関わる仕事の一つが各世界に生息している各種クリーチャーの保護で、各ステージ中で突如出現するクリーチャーをタップして捕獲していく必要があります。

 

デジタル治療におけるEndeavorRx

大まかなゲームの紹介をしたところでようやく本題ですが、EndeavorRxは通常配布目的ではなく、ADHD(注意欠如・多動症)治療を目的として設計されました。

ADHDは学齢期の児童に見られる発達障害で、3~7%程度とかなり高めの有病率が報告されています。
症状は多岐にわたりますが、特徴的なのは物忘れや気の散りやすさといった「不注意」、じっとしていられない、落ち着きがないといった「多動性」の2点です。
現行の治療法としては、環境や行動療法のほか、薬物による神経伝達物質の調製といった感じです。

 

EndeavorRxの有効性は、600人以上のADHDと診断された小児を対象とした臨床試験において評価されました。結果、1日25分、週5日、4週間以上のEndeavorRxのプレイによって小児の注意力・抑制制御能力が有意に改善することが示されました。
何より重要なのは副作用が全く見られなかったことで、薬物療法で頻発する副作用が大きな問題になっている中では強力なアドバンテージといえるでしょう。

 

このような有効性を踏まえて、EndeavorRxは2020年にアメリカのFDA(食品医薬品局)によって、8~12歳の小児のADHDに対するデジタル治療機器として承認されました。
もっと簡潔に書くなら、このゲームはADHD患者に対して、薬や医療機器と同様に”処方される”形で利用されることになったわけです。

 

EndeavorRxのデジタル治療への適正についてですが、まずもって”子供たちはゲームが好きだから”という点を、Akili社の最高医学責任者であるAnil Jina氏はインタビューにて指摘しています。
実際、ゲームとしての完成度は学校の学習用で使われる”なんちゃってゲーム”的なものを遥かに超え、言われなければ医療用とはまず思わないものかと思います。

些細な問題ですが、従来の治療では小児が薬を飲まなかったり、治療行為を嫌がることも少なくないので、非常に重要です。

 

注意力の改善という面でも、ゲームシステムに多くの工夫が込められています。
ランニングアクションゲームは、刻一刻と変化する状況の中で、その時々に合わせて道を見て、障害物を認識してと、ポイントを切り替えつつ継続して集中する必要があります。

同時に、先ほどさらっと書いた「クリーチャーの捕獲」が加わってきます。
単純に画面に出現したクリーチャーをタップするだけなら決して難しくはありませんが、実際にはステージ開始時点でステージ中に出現する3体以上のクリーチャーの姿が表示され、そのうち捕獲しなければいけないクリーチャーは1体だけ、他のクリーチャーはいずれも無視しなければいけないシステムとなっています。
つまり、ステージ開始時に捕獲するクリーチャーの姿を覚えて、そのクリーチャーが実際に現れた時にはタップして捕獲、違うクリーチャーならタップしたい気持ちを抑えてスルーという、多段階の処理が加わります。

こういったゲームシステムの中で生じるプレイヤーのタスクの一つ一つが、いずれもADHDにおいて停滞している注意力・制御能力の改善に働くようです。

 

極めつけはゲームの難易度設定です。

他の病気と同じで、ADHDの程度は患者ごとに変わってきます。
EndeavorRxは、患者のADHDの診断レベルに基づいて初期ステージの難易度が変化します。
さらに、プレイ期間中に随時、患者のリザルトによってステージ難易度を補正して、程よい難易度を保つように設計されているようです。

 

おわりに

一風変わったゲームのお話、いかがでしたでしょうか?

Endeavorのような処方用ゲームのほかにも、より大規模な市場を求めて、薬局の医薬品のように一般向けに販売できる医療用ゲームも作成・発売が進められています。

まだまだ発展途上な市場にはなりますが、神経疾患や発達障害に対するゲームの潜在的な有効性に注目が集まっている現在、今後の「ゲーム治療」の展開に期待したいところですね。

それでは、本日はこんなところで。

 

参考資料

https://www.endeavorrx.com/ EndeavorRx
https://themedicinemaker.com/discovery-development/the-story-behind-an-fda-approved-video-game-treatment-for-adhd#:~:text=This%20is%20a%20big%20difference,vary%20from%20player%20to%20player. Stephanie Sutton 、『The Story Behind Akili Interactive’s FDA-Approved Video Game How Akili won FDA approval for EndeavorRx – the first “game-based digital therapeutic” for children with ADHD』、02/14/2022
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-003.html 厚生労働省、『ADHD(注意欠如・多動症)の診断と治療』、最終更新日:2021年11月12日