ゲームはもろい――『スプラトゥーン3』のXマッチと対抗戦について
この記事は、東京大学ゲーム研究会アドベントカレンダー2025、22日目の記事です。
はじめに
ゲームというのは非常に脆く、すぐに消え去ってしまいかねないものである。「なんだ?ゲーム機の電源をつけさえすればいつでもゲームなんて始められるさ」と思うかもしれない。電子的な映像を目で追い、何かキャラクターをコントローラー・マウス・キーボード等で操作するだけで「ゲームをプレイしている」といえるのであれば、たしかにそれは正しい。しかし、私がスプラトゥーンをする時、ただ電子的なキャラクターを操るということとはまた別の次元の場所にいる。それは、スプラトゥーンを起動した瞬間から「スプラトゥーンをプレイしている」と表現できない、そう表現できるのはスプラトゥーンを起動してからある特定のフェーズに移行してからだということだ。スプラトゥーンを起動して広場でただぴょんぴょん跳ねることがスプラトゥーンをプレイしていると表現するのに抵抗がある、というごく簡単な例を見ればすぐにわかる話である。
2種類のルール=制約への従事(engagement)
私が「スプラトゥーンをプレイしている」といえる時間は、最も狭い意味でとれば、スプラトゥーンの試合中である。試合の形態はナワバリバトル・バンカラマッチ・Xマッチなど様々あるが、それらのルールのどれでもよいから、「あるルールにまさに従事しているその瞬間」私は「スプラトゥーンをプレイしている」といってよいだろう。ナワバリバトルで自陣を塗っている時、私はスプラトゥーンで遊んでいるし、Xマッチにおいて前線でイカ状態のセンプクをしている時、他の人の目からは何もしていないように映るかもしれないが、これも立派にルールに従事している。
「ルールに従事している」というと分かりづらいかもしれない。これについていったんはっきりさせておこう。スプラトゥーンのルールといえば、
・自分のインクの上ではイカ状態になって速く動くことができるが、相手のインクの上では移動速度が遅くなる
・この武器は射程がここまでしかないが、あの武器はあそこまで届く
といったような行動・機能の物理的な制約が存在する。他にもどこが移動可能か、どこが塗れるか(空間構造)、どのステージが選ばれるか、という事柄に関してもスプラトゥーンの開発者の側から制限されていて、これらの物理的な制約をわれわれの側から破ることはできない(もし破る人が出てきたとしたら、その人はチーターと呼ばれているに違いない)。
また、
・試合終了時に、ステージをより多く自分のインクで塗っていたチームが勝利(ナワバリバトル)
・ヤグラ(移動する台)に乗り、相手陣地まで進める(ガチヤグラ)
などといった勝敗条件に関する制約もある。これらの条件もわれわれの側から勝手に決めなおすことができない。
あるプレイヤーがルールに従事しているというのは、そのプレイヤーがこれらのルールとの関係を持っているということだ。といっても、スプラトゥーンを起動しさえすれば、チーターでない限り物理的な制約は必ず守らされるので、関係を持たざるを得ない。問題になるのは後者の勝敗条件に関する制約の方である。
広場でただぴょんぴょんしている時は、プレイヤーはキャラクターを操作してはいるが、勝敗条件に関するルールには一切関与していない。他方で、前線でイカ状態のセンプクをしている時、プレイヤーはキャラクターに新たな操作を加えていないが、それは相手を倒し、勝利に導くための無操作期間であり、プレイヤーは「関心」や「目的」という形で勝敗条件に関係しているのだ。そのような意味において、前者は「スプラトゥーンをプレイしている」とは言えず、後者はそう言えるのである。
(ちなみにチーターはこれを変更することができるのか?という問いは面白い問いである。そして、本記事では明確に関連性を指摘しないが以下でなされる主題と密接に関わってくるところであろう。)
至上、かつ脆弱な命令
以上のように、これら2つのルールに従事しているときが「スプラトゥーンをプレイしている」状態としよう。(先ほど最も狭い意味で「試合中=プレイ中」としたが、勝つための立ち回りについて座学している最中も「プレイ中」であると言えるかもしれない。勝敗条件に関しては言うまでもない。座学中の仮想的な再現(representation)において、物理的な制約も逸脱しないだろうから。)
さて、そのようにスプラトゥーンのプレイを狭く定義づけた今、スプラのプレイに必要なのは2つのルールのみだと言いたくなるところである。しかしながら、これだけではスプラトゥーンは始まらない。これら2つの制約を接続し、スプラトゥーンを真に駆動する制約がある。それは、「勝て!」という制約だ。「われわれはあなた方プレイヤーに物理的な制約を与え、勝敗条件に関する制約をも与えた。さあ諸君よ、そのうえで勝って見せなさい!」とスプラトゥーンは語りかけるわけである。この語りかけは上記2つの制約に必然的な連関を与える別の次元の(上記2つのものと比較不可能な)制約である。上の方で用いた言葉を使うならば、「目的」や「関心」を持たせる制約である。そしてこの「勝て!」という最上の命令に従っているときこそ、「スプラトゥーンをプレイしている」と表現するに値する。
しかしながら、実はこの制約、非常に脆いものとなっている。他のルールはスプラトゥーンの運営によってすべて決められるのに対し、この「勝て!」という制約は、制約というよりもはや要請・お願いと表現していいほど拘束力がない。「私は勝利に価値を見出さないのでラインマーカー縛りをします」とか「私は沼ジャンをしてしまったのでもう私は負けだ。投了する。」といったような勝敗条件に従わないような行動を、プレイヤーがやろうと思えばごく簡単にできる。そして、これらの行為は当然ゲームを崩壊させる。勝利に価値を見出さなくなったプレイヤーは、ゲームの成立を根本から揺るがすあまりにも衝撃的な存在だ。それゆえ、ゲームをゲームたらしめるためにはプレイヤーを勝利に執着させる必要があるのだ。
この要請は通常、正常に機能しているためプレイヤーに意識されることはない。その証左に、プレイヤーたちの多くはどうやったら勝てるか、どの行動が強い行動なのかということを知るのにいそしんでいる。プレイヤーが「勝て!」という至上命令に従順である間、プレイヤーは疑うことなく勝利を目指しており、ゲームはゲームとして機能する。翻って、プレイヤーが、勝利を目指す己のゲームプレイ行為に疑念を挟んだとき、ゲームは存立の危機に瀕する。
そして、悲しきかな、その瞬間は思ったよりもあっけなくやってきてしまう。
ゲームを台無しにする(spoil)マッチングシステム
分析はほとんど終わった。ここからは半分おまけであり、先ほどの分析に最も熱量を与えた問題について話していく。話題を『スプラトゥーン3』のXマッチに移す。Xマッチとは「ウデマエS+0以上のプレイヤーが参加できる、実力(Xパワー)を競い合うランクマッチモード」である。
現在Xマッチにおいて、プレイヤーの勝利への執着を削ぎ、ゲームとしての価値を見失わせる問題が(少なくとも私の知る範囲では)はびこっている。それは、マッチングの不公正さ、である。
私はしばしば次のように言い表せるようなことを耳にする。「“バトルNo.1”の金表彰をある程度取り続けているのに全く勝率が良くならない。100点満点を取っているわけではないが、及第点は取り続けているはずだ。そうであるのに負け続けてしまう。あまり人のせいにしたくはないが、どうしても味方のせいで負けた試合が続いてしまっているとしか考えられない。今のままではマッチングの効力にあらがう余地がないから、もっと実力が近いプレイヤーどうしがマッチングするようにシステムをどうにかしてくれ」というようなことを。
このような言説に対して、「いや、あなたが及第点だと思っているプレイが実は及第点ではない」と一蹴するのはたやすい。しかし本記事においては、及第点の判断の妥当性の追究は他の人に任せ、先の言説のプレイヤーが及第点を取っているという前提で話を進める。その理由は、実際私がXマッチをプレイしていてマッチングシステムに疑念を挟む余地があるということに一理がある、と感じるからである。
このようなマッチングシステムのもとでは、プレイヤーはゲームへの参加への意志を削がれる。ご察しの通り、この状況はゲームがゲームであり続けるという観点からすると、深刻な問題である。この「勝てない、つまんない、もうやめたやめた」というようなファストな不快によるゲームの中断ではなく、「私は努力しているつもりだというのに、現状報われていない。もう自分が思っている正しい立ち回りさえも本当に正しいのかどうか疑わしい。どうすれば勝てるかどうか、何が正解なのかどうかがわからない。やめよう」というシステムへの疑心暗鬼によるゲームそれ自体の崩壊だ。この状況においてプレイヤーの勝利への執着は失われ、ルールに従事する意義がどこかへ行ってしまう。マッチングの不公正さが「勝て!」という至上命令の失効を宣告するのだ。
ファストな不快は他人と共有したり、自ら言語化することで不快を緩和できるが、他方でゲームシステムへの疑念は公式がシステムを信頼できるように公開したり、修正したりすることがない限り、晴らされることはない。疑念自体を忘れてもう一度プレイすることはあろうが、それは根本的な問題が晴らされたとは言えない。
この記事のはじめに、ゲームは簡単に消え去ってしまうものであると書いたが、ここにこそそれが現れている。いかにバグが少なかろうと、いかに武器の種類やルールが精巧につくられていようと、マッチングシステムの不備(厳密に言うと不備ではないのかもしれないが、すくなくとも疑念を挟む余地ができてしまうようなマッチングシステム)があるだけで、「プレイヤーの勝利への執着」が阻害され、「もうこんなゲームやめた」となってしまうわけである。
それでは、スプラトゥーンで実力を競い合うことはもうかなわない願望なのだろうか……?
対抗戦――2つの意味での「対抗」、そして協力
しかしそんな中、スプラトゥーンのプレイヤーたちは、Xマッチ(『スプラトゥーン2』以前のガチマッチ)とは対照的な新たな試合の形式を模索した。それが「対抗戦」と呼ばれるものである。対抗戦とは主にX(旧Twitter)上で以下のようなポストをして行われている、「固定メンバーのチーム vs 固定メンバーのチーム」の形式の試合である。
対抗戦相手募集
えりおまろすと5先
24くらい
SNS上でルール(2行目)と自分たちのチームの実力(3行目)を示し、相手チームを募り、プライベートマッチで対戦するというやり方である。このやり方は、実力の拮抗するチームと対戦することができるため、Xマッチの難点(プレイヤー側からするとブラックボックスとなっているマッチングシステムへ生じる疑心暗鬼)をうまく回避している。
きっと、野良の人と即席でチームを組んで戦うXマッチとは違って、固定チーム対抗のマッチという意味で「対抗戦」と名付けられたのだろう。そして私はそこに別の次元での「対抗」の意味を読み取る。それは 不公正なマッチングシステムへの対抗 だ。
ある時私の目には「対抗戦」が、チーム対抗という試合の次元を飛び越えて、スプラトゥーンというゲームのシステムの次元における「対抗」として映った。対抗戦をするという行為それ自体が、あたかも「Xマッチに対してわれわれは対抗するぞ、あの不公正なマッチングシステムに対してわれわれは反抗するぞ」という意味を含んでいるかのように。
このように、対抗戦形式の試合は一見したところ、マッチングシステムに向けられた反抗心とも取れるのである。が、私はもう一つ別の観点からの対抗戦を見出したい。
それは、われわれが愛してやまないスプラトゥーンというゲームの成立を守るためのプレイヤー側からの協力としての対抗戦形式、である。Xマッチのマッチングシステムに多少の難点があれど、われわれはスプラトゥーンが好きだし、それゆえなんとかしてスプラトゥーンをプレイしたい、ずっと遊んでいたい。きっとマッチングシステムは、時間内になるべく編成的に偏りをなくしつつ、同じくらいのレベルのプレイヤーを探すという無理難題な仕事を突き付けられているから、ある程度のところで妥協して、どこかの質を落とさなければならない現実的な事情があるのかもしれない。もしくは商品として売れて、遊ばれ続けるために、ある程度勝率を5割程度に調整して、結果の平等を実現しなければならないという経済的な事情もあるのかもしれない。
そんな現実的な要求が先ほど上で見たゲームの脆弱性をつついていく中、「対抗戦」という形式がプレイヤー側から編み出され、脆弱なゲームを支え、補っていった。近頃の私の目にはそう映っている。
脆くすぐにどこかへ消えてしまうかもしれないスプラトゥーンがゲームであり続けるためにも、今日もどこかで対抗戦がなされている。
なんと、めでたいことであろうか。
おわりに
申し遅れました、TGA23のばんちっちばんです。今回は『スプラトゥーン3』のXマッチのマッチングに対するやるせなさを身近にした1プレイヤーとして、そのやるせなさはどのような体系から由来するのだろうかという疑問をゆるく整理しがてら、アドベントカレンダーの記事にしてみました。なんだか思った以上に長くなってしまって、もうちょっと簡潔に書けないものかな、と己の不器用さを残念に思います。
この記事にはあからさまな問題点があって、それは、勝利一元論的であるところですね。この記事の中では「チーム戦こそがスプラトゥーンの醍醐味である」などといった思想を反映しきれていません。だからそういう方々にとってはきっと退屈な記事だったことでしょう。失礼いたしました。
だから、勝利一元論を正当化するためには、もし勝ち負けとかの概念がなかった時、われわれはそこにチームの連携の価値を見出せるのか?チーム連携に価値が生まれるのか、勝ち負けがあってこそなのか?といったような問いをきちんと検討する必要がありますね。まあちょっと疲れちゃったし、いいところまで来たと思っているので、しませんが笑
僕の個人的な好みの話を最後にするとすれば、「いったんは勝ち負けを至上の価値として信じ込む態度 =「 勝て!」という命令に一時的に突き動かされる態度」、この(対戦ゲームの)境地に永続的に居座り続けていたいものだなと、つねづね思っているところであります。遊びすぎですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
またどこかでお目にかかれれば。
ほな カイサン!!!